野生脳

野生脳を取り戻せ!―糖からケトンへ、フードジャングルの冒険記

はじめに ― 脳の設計図を思い出す

僕は日々、神経内科医としててんかん患者さんを診療し、研究者として脳と遺伝子のデータを解析し、そして一人の生活者としてお菓子やラーメンの誘惑に直面しています。

この三つの立場を貫くキーワードが「野生脳」です。

人間の脳は、数百万年に及ぶ進化の過程でサバンナ時代の生活に最適化された設計図をいまも保持しています。約700万年前に誕生して以来、日本で農耕が一般化するのはわずか4000年前。それまでの圧倒的多数の時間、僕たちの祖先は飢餓と狩猟採集生活の中で生き延びてきました。

長い飢餓と短いごちそう。空腹に強く、ブドウ糖が不足すると肝臓でケトン体を作り脳の燃料に変える。危険を察知し瞬時に判断する――これが本来の野生脳の姿です。

しかし現代の「フードジャングル」には、糖質・アルコール・超加工食品が溢れています。脳は進化の時間スケールに比べてあまりにも急激な環境変化に対応できず、歪みが生じています。その結果、脳は“家畜化”され、気づかぬうちに罠に絡め取られてしまうのです。

野生脳家畜脳は私が勝手につけた造語であり、分かりやすくするため敢えて使っています。

僕自身も何度もその罠に引っかかり、試行錯誤を繰り返してきました。だからこそ、脳本来の設計図に立ち返り、野生的な食事と生活で脳の機能を最大化することが必要だと感じています。


第1章 ― フードジャングルの落とし穴

神経内科医として患者さんを診ていると、同じ年齢でも驚くほど異なる脳の変化を目撃します。


アルコール依存症の方では、MRIで前頭葉や小脳の萎縮が観察されます。

認知症の患者さんでは海馬の萎縮が進み、記憶機能が著しく低下します。さらに糖の過剰摂取は、インスリン抵抗性や慢性炎症を介して脳に悪影響を及ぼし、認知症リスクを高めることが報告されています。肥満やメタボリックシンドロームがアルツハイマー病のリスク因子であることも、多くの疫学研究が示しています。

つまり現代の食生活は、心地良さを与える栄養分が、同時に脳を傷つける“罠”になり得るのです。冒険の仲間を守るはずの装備が、逆に僕らを拘束する鎖になってしまう――それが家畜脳の現実です。


第2章 ― 野生脳の武器:ケトン体

サバンナ時代、今のように糖が取れないので、糖の代わりに、ケトン体という秘密の武器を使ってきました。断食や糖摂取制限下でも、脳はケトン体を燃料にして働き続けることができます。糖とケトン体の二つが両方とも大切ですが、家畜脳では糖依存になっています。

臨床試験でも、ケトン食は薬剤抵抗性てんかんにおいて発作を有意に減少させることが示されています。国際的に薬剤抵抗性てんかんに推奨されており、すでに臨床現場の重要な選択肢です。

Masino SA, Rho JM. Mechanisms of ketogenic diet action. Epilepsia. 2018;59(8):1337-1349.

👉 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5983110

さらにケトン食やケトン体の利用は、認知機能改善、抑うつの改善、QOLの向上、片頭痛発作の抑制、パーキンソン病やアルツハイマー病における神経保護効果の可能性など、多方面に応用が広がっています。

Poon AH, et al. Ketogenic diet and epilepsy: advances in understanding and implications for clinical practice. Signal Transduct Target Ther. 2021;6:77.

👉 https://www.nature.com/articles/s41392-021-00831-w

Rho JM, Sankar R. The ketogenic diet in neurological disorders: A review for clinicians. Neurol Clin Pract. 2021;11(6):e723-e732.

👉 https://www.neurology.org/doi/10.1212/CPJ.0000000000001007

僕自身も患者さんに薦めるため、自らケトン食を実践しました。すると、頭の雑音が減り、薪ストーブのように穏やかで安定したエネルギーを感じました。まさに冒険の夜、焚き火の光に包まれるような静けさでした。糖とケトンの二重エンジンを持つ、2つを上手く使いこなすことこそ、人類の野生脳の武器なのです。

糖主体の家畜脳からケトン主体の野生脳にしていくことがテーマになります。


第3章 ― フードジャングルでのサバイバル術

現代社会は、ある意味で、サバンナ以上に過酷なジャングルです。

コンビニの棚は糖質の罠、街には甘いものやアルコールの誘惑、オフィスには加工食品という落とし穴が潜んでいます。

けれども、狩猟採集者のように「選ぶ目」を持てば、野生脳を守ることができます。

  • 菓子パンではなく、ナッツを選ぶ

  • 白米ではなく、多くの野菜で糖を摂取する

  • 麺類ではなく、お肉でお腹を満たす

つまり僕らは、日常の買い物や食事の場面でも“狩人の目”を持つ必要があるのです。武器は知識であり、盾は選択です。


第4章 ― 冒険を共に

僕は医師としてエビデンスを学び、研究者として分子の動きを探り、そして一人の冒険者としてケトン食を実践しています。

この野生脳のカテゴリーは、冒険記です。

フードジャングルを生き抜くための知識(エビデンス)と実践を記録していき、同じ道を歩む仲間と共有する旅路です。

一緒に、家畜脳から脱し、野生脳を取り戻して脳の機能を最大化する冒険に出かけましょう!