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はじめに
脳は体重の約2%しか占めませんが、全エネルギー消費の約20%を担う「大食い臓器」です。その活動を支えるのが日々の食事であり、近年の研究では特定の栄養素が認知機能や気分、さらには神経疾患リスクに大きく関わることが明らかになっています(Gómez-Pinilla, 2008)。ここでは Nature Reviews Neuroscience のレビューを中心に、脳に有効とされる栄養素とその作用を整理します。
オメガ3脂肪酸(DHA・EPA)
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効果:高齢者の認知機能低下を緩和、気分障害の治療の基盤、外傷性脳損傷やアルツハイマー病モデルで認知機能改善が報告されています(Bazinet & Layé, 2014)。
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食材:サケ、クルミ、チアシード、フラックスシード(亜麻仁)、キウイ、クリルオイルなど。
DHAは神経細胞膜の必須構成成分であり、シナプス伝達の効率を高める「膜の潤滑油」といえます。
クルクミン(ウコン由来ポリフェノール)
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効果:アルツハイマー病モデルマウスや外傷性脳損傷モデルで記憶機能低下を軽減。
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食材:ターメリック(カレーに含まれる香辛料)。
抗炎症作用と抗酸化作用を併せ持ち、脳内のアミロイド沈着を抑える可能性も指摘されています。
フラボノイド(ポリフェノール群)
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効果:運動との併用で認知機能向上、ヒト高齢者でも認知機能改善の報告。
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食材:ココア、緑茶、柑橘類、イチョウ葉、赤ワイン、ダークチョコレート。
血流改善とシナプス可塑性の促進を介して「学習脳」を後押しします。
飽和脂肪酸
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影響:げっ歯類での認知機能低下促進、外傷後の認知障害悪化、ヒトでも加齢に伴う認知低下と関連。
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食材:バター、ギー、ラード、ココナッツオイル、肉類、乳製品。
必要なエネルギー源ではあるものの、摂りすぎは炎症や血管障害を介して脳老化を促進する可能性がある。
ビタミンB群
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効果:B6、B12、葉酸補充で女性の記憶力改善、B12はコリン不足食のラットで認知障害を改善。
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食材:肉類、魚、卵。B12は動物性食品に限られる。
ホモシステインの代謝に関わり、認知症予防との関連が強調されています。
ビタミンD
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効果:高齢者の認知機能維持に重要。
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食材:魚肝油、脂の多い魚、キノコ、強化乳やシリアル。
不足はうつ病や認知症リスク上昇と関連します。
ビタミンE
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効果:外傷後の認知障害改善、加齢による認知機能低下を軽減。
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食材:アボカド、ナッツ、種子、ホウレンソウ、小麦胚芽、オリーブ。
抗酸化作用を通じて細胞膜を保護します。
コリン
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効果:てんかんモデル動物での記憶障害を軽減。ヒト・動物研究で認知機能維持との関連が示唆。
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食材:卵黄、大豆、鶏肉、レバー、七面鳥。
アセチルコリン合成に必須で、記憶形成に直結します。
抗酸化ビタミン(C・E・カロテン)
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効果:抗酸化作用を通じて高齢者の認知低下を遅延。
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食材:ビタミンCは柑橘類や野菜、Eはナッツやオリーブ油、カロテンは緑黄色野菜。
ミネラル(カルシウム、亜鉛、セレン、銅、鉄)
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カルシウム:高濃度は認知低下と関連。牛乳や小魚から摂取。
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亜鉛:不足は加齢に伴う認知低下に関連。牡蠣やナッツ、全粒穀物に多い。
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セレン:欠乏が長期に及ぶと認知低下。ブラジルナッツ、魚、肉に含有。
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銅:アルツハイマー病患者で血中低下が報告。肝臓、ナッツ、ココアに多い。
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鉄:鉄欠乏性貧血の女性で認知障害が報告され、補充で改善。赤身肉や豆類が代表。
食事全体のパターン
個々の栄養素に加え、食事全体の質が脳に影響します。地中海食は野菜、果物、魚、オリーブ油、ナッツが中心で、認知症リスク低下が報告されています(Ekstrand et al., 2020)。一方で「西洋型食事」は炎症を悪化させ、脳老化を促進することが分かっています。
まとめ
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オメガ3、フラボノイド、ビタミンB・D・E、コリンなどは脳を守り認知機能を高める。
- ミネラルのバランスも長期的な脳の健康に不可欠。
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食事全体としては地中海食パターンが推奨される。
つまり、脳のための食事は「特定の栄養素に偏らず、全体のバランスを意識すること」が重要です。
参考文献
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Bazinet, R.P. and Layé, S. (2014) ‘Polyunsaturated fatty acids and their metabolites in brain function and disease’, Nature Reviews Neuroscience, 15(12), pp. 771–785. doi:10.1038/nrn3820.
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Ekstrand, B., Tapsell, L. and Beck, E.J. (2020) ‘Brain foods – the role of diet in brain performance and health’, Nutrition Reviews, 79(6), pp. 693–708. doi:10.1093/nutrit/nuaa005.
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Gómez-Pinilla, F. (2008) ‘Brain foods: the effects of nutrients on brain function’, Nature Reviews Neuroscience, 9(7), pp. 568–578. doi:10.1038/nrn2421.